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【2020 受験生応援ブログvol.37】入試現代文は「量」より「質」?

最近、ワンパチというポケモンの可愛さに気づいてしまいました。中等教育教員養成課程国語専攻(2年)平野 克尚です。


タイトルみたいなことを自分は何度も高校の教師に言われてきましたが、僕はどうも量にこだわる良さを考えてもいいんじゃないかとも思います。

あいにく受験必勝のテクニックなんてものは持ち合わせていないので、今回はこれについてお伝えしたいと思います。少し長いので、絶対合格できるような最強テクニックを求めている人、あるいはワンパチについて知りたい人は今すぐページを閉じて勉強に戻ることをお勧めします。



現代文、特に記述力は今からたくさんやっても伸びない、だからとにかく質にこだわって、書いては省察して書き直してをやる方がいい。

なるほどこれは確かにその通りだと思います。

でも、それは問題文と共に付けられた"設問"を解くことにこだわった時に導かれる結論のひとつであって、"問題文に"こだわるなら話は別だと考えます。


一歩引いた目線で見ると、大学入試で与えられる問題文は、研究者である大学の先生たちが「これは知っておいて欲しい」というトピック、すなわち"必要な教養"を示しているものです(もちろん、全てが全てそうであるとは言えませんが)。


なかなか実感は湧きづらいですが、全ての知識は繋がっています。「あれ、この人はこういう風に言ってるけど確かこれに関して哲学者の○○が言ってたような…」という知識を引き出す技術は、そもそも引き出す知識がないと成立しません。

知識は「欠片としてでも持っていれば引き出せる、引き出せれば調べられる」というものだと思っています。

この「欠片」を集めるのには大学入試の現代文はうってつけです。さっきも言ったように入試問題のテーマは研究者として権威をもつ大学の先生たちが、高校生の皆さんに「持っていて欲しい」と考えるものを選んでいるからです。


「欠片」があれば、難しいテーマの問題文を読み解くヒントになります。大学に入ってからも、あるいは先生になってからも、必ず役に立つものになります。(考えてみると、色々なことを知っている先生はどこか「すごい」という印象を持つと思います。この意味でも色々なことを知る必要性はあると思えませんか。)



「自分の「軸」や「核」がある程度固まってきた人間にとってこそ、異分野との対話を通してこれを疑問に付し、他者に向かって開き、場合によっては根底から組み直すことが必要だからである。こうしたプロセスを経てはじめて、私たちは断片的な「知識」を構造化して体系的な「知」へと織り上げることができるだろう。」

これは、2018年度の東京学芸大学の前期入試にて出題された、「飢えた子供を前に文学は役に立つか」という議論が収録されている『大人になるためのリベラルアーツ』(2016,東京大学出版会)という本にて、作者の石井洋次郎氏が述べている言葉です。


「異分野との対話」をするためにたくさん勉強してたくさんの問題文に触れる、そう考えると少しは量をこなす必要性も見えてくるのではないでしょうか(もちろん、最低限の質は担保されてる上でになりますが)。


長くなりましたが、教養の重要性、そしてそのために数多くの文章に触れる必要性をお伝えした以上の内容を、自戒の念も込めて受験生応援ブログとして謹呈いたします。


最後まで読んで頂きありがとうございました。東京学芸大学で待っています。

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