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【東京学芸大学 新入生応援特集 vol.29】「新入生のための宗教学」


教育支援課程多文化共生教育コース 上原裕貴(4年)です。


つい先ほど、穏やかそうな2人組の女性が玄関先までいらしてこう言いました。

「最近、悩んでいること、ありますか?」

「ブログのネタがないんです。」



新入生の皆さん、悩んでいること、ありますか?



古来より、悩める人々が迷い、縋った先の1つが宗教や信仰であります。

有名なものでいえば、仏教・キリスト教・イスラム教…

日本においても自然と神を一体視する神道が興り、現在でも私たちの生活に根を下ろしています。

神道の特徴といえば、開祖や経典がなく、また八百万の神を信仰する多神教であること。

そういった特質が、仏教やキリスト教といった外来宗教との共存を可能にする土壌を作ったのでしょう。


かくいう私も父方はカトリック系のキリスト教徒、母方は浄土宗の仏教徒というレリジョン・ハーフです。そういう呼び方があるのかは知りません。

母方の実家で育ったため、基本的には仏教色の強い我が家でしたが、書斎の本棚には重厚な聖書が常に鎮座していました。

聖書について1つ言えることは、武器として使用してはならないということです。

私はそれを弟とのプロレスマッチで学びました。


私を余裕のKO勝利目前から泣きのリタイアに追い込んだ凶器、じゃなかった聖書からお気に入りの小話を一つ。



イエスが弟子を連れ街を歩いていると、ひとりの女が鎖に繋がれ、民衆から石を投げられていました。

イエスが近くの人に「なぜ石を投げるのか」と問うと、「あの女は姦淫したからだ」と答えました。

イエスは「ではあなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけなさい」と言いました。

すると民衆は1人1人いなくなり、最後には女とイエスだけが取り残されました。


次の日もイエスが弟子を連れ街を歩いていると、ひとりの男が鎖に繋がれ、民衆から石を投げられていました。

イエスが近くの人に「なぜ石を投げるのか」と問うと、「あの男は講義棟と研究棟の間のあの、自転車通行禁止の道を自転車で走ったからだ」と答えました。

イエスは「あっ、そりゃしょうがねえわ」と言うと、自分も2,3回石を投げてから帰って酒飲んで寝ました。



以上です。


自分でもなぜか分からないんですが、講義棟と研究棟の間のあの、自転車通行禁止の道で自転車に乗る人がどうしても許せません。

何だろうこの気持ち。


長くなってしまいました。

最後に、この駄文をここまで読んでくださった素晴らしき暇人、そして悩める皆さまへ。


「懼るるなかれ。」(旧約聖書 申命記:1章29節)


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